2010.02.05 Friday
なぜ人材育成が立ち行かなくなるのか?:学習における3つのカテゴリー
先日、発達心理学を研究される大学教授の方とオヤコラボメンバーとでディスカッションする機会がありました。
オヤコラボでは、前々からコーチング、アサーション、ネゴシエーション、カウンセリング、ダイアローグ等を基にしたコミュニケーション学習(成長)を活動の軸としてきました。そしてオヤコラボ代表のご家族が懇意にしている教授が、発達心理学の研究に取り組んでいらして、オヤコラボのコンセプトと発達心理学のコンセプトが同じなのではないか、ということになり一緒に活動しましょうというテーマで、その場は設けられました。
その中で「学習」という概念について興味深いお話をうかがいましたのでまとめておきます。
1:学習には3つのカテゴリーがある
・認知的学習
自己の行動など経験を積み重ねる上で、PDCAサイクルを瞬時に行う学習。
例えば、卵をつかむとき、卵を割る時の力の入れ方など、失敗や成功を重ねて理解し記憶する学習
・対話的学習
自己内対話、すなわち自分の思考の中で対話することで様々な記憶やイメージを関連付けて新しい意味を見つけ出す学習。
これは社会との対話、いわゆる他人(更に進むと自分以外の事象)との対話によって呼び起こされる。呼び起こされると本を読む、空を見上げる振る舞いなどからも自己内対話が起こり、新しい意味を探索する。
・条件的学習
概念や理論や技法などを、繰り返し反復して記憶させる学習。
例えば「A=Bである」といった認識を記憶する能力で、一般的な日本の学校教育などは条件的学習と言える。
2:今、求められている学習能力は「対話的学習」
対話的学習というのは人間が最もクリエイティブ性を発揮する学習方法であると教授は考えており、現代社会において、重要視されていない、もっと言えば意識すらされていないのではないか、という考えです。
条件的学習は積み重ねをして行くことで知識、論理思考、技術は習得出来ます。その一方でクリエイティブ性は薄くなってしまうそうです。その理由は「記憶することが優先されてしまう」からだそうです。
対話的学習であれば、記憶せずとも、その時に受け取った印象やイメージを元に自分なりの意味を見出し、次の行動へ結びつけることが可能となりますが、条件的学習では、いわゆる情報でしかないので、どう使うか?まで発展することには結びつかないそうです。
(誤解があるとまずいので、認知的学習と対話的学習と条件的学習は同時に起こり、そのバランスのことを教授は言っています)
学校の授業では、先生の講義を一生懸命にノートに書き写す場合があります。これは条件的学習の振る舞いで、記録したノートを後から見ても、書かれた言葉だけが情報となり、言葉以外に関連した情報や概念とはリンクしないという事が起こるそうです。先生の講義を自己内対話とともに聞くと様々な概念や情報が密接にリンクしていき自分の思考の中で体系化されるそうです。ノートに書く書かないは枝葉のことなのですが。
このように学習の違いによって、人間が生み出すものは格段に違ってくるという説であり、例えば日本企業における学習の捉え方が条件的学習が多いので、課題を克服する力が弱まっている可能性があるということです。
3:「対話的学習」に必要な要素
ではどのようにすれば対話的学習が促進されるか。
シンプルに申し上げると対話する他はないということです。
ただ対話と言うのはある面難しさを持っていて、対等性、聴く、伝えるという基本姿勢が大切です。決めつけを抱いたまま話を聴く、話を十分に聴いていない、一方的な考えを伝える、などといった振る舞いが対話を阻害してしまいます。
また他人との対話が目的ではなく、自己内対話が目的なので、他人との対話を終えてから自分の内面で起こる対話をする十分な時間も必要であり、可能ならば自己内対話で浮かび上がったイメージや情報を書き留めておくことが重要です。それが次の行動への指針となる可能性は大きいと言うことです。
特に幼少期では、親との対話が重要で、親が対等性をもって子供と接することも将来の対話的学習の基礎となります。
4:対等性における研究調査結果
教授がアメリカの大学と共同研究した結果では、0〜3歳までの子供を躾するにあたり、アメリカの親の特徴は「自己表現によるパワーバランス」、日本の親の特徴は「親子関係という上下による徹底」ということがわかったそうです。
どういう事か簡単に言うと、アメリカの親は悪いことは悪いと言うが、その根拠として親が一人の人間として思ったことを子供に自己表現し「あなたに反論出来る力が無いのであれば今は言われた通りにしなさい」という概念。
一方、日本の親は「私が親なのだから言われたとおりにすることがあなたの役目」という概念。
一見、大きな違いは無いように見えますが、子どもが成長してきたときに大きな違いを生みます。
アメリカの親は、子供が成長して自分の意見を言えるようになると、親はそれを受け止めます。もちろん親からも自分の意見を言います。その意見の違いを明らかにしてから、一緒に解決策を探すと言う振る舞いになります。
日本の親は、子供の成長に関わらず、役目として親の言うことをきく事を前提で子供に接するので、子供が意見を持たない依存を生む可能性を持っているそうです。
この躾に関する捉え方の違いは、文化的な土壌にも影響を与えていて、アメリカの企業風土と日本の企業風土とも絡んでいる可能性は高いということです。
幼少期からの親の躾が企業風土に色濃く出る、というのは聞いて驚きと納得感がありました。
このように幼少期はパワーバランスになるものの、成長してからはお互いを尊重するアメリカの概念には対等性と言うものがしっかり存在しているということになるでしょう。日本では対等性の概念が若干弱い。アメリカの大学教授もこの結果には驚いていたそうです。
(ただこれは研究調査結果の話であって、正しい、間違いの判断はできません)
5:治療的概念は条件的学習と同じパラダイム
最近売れているビジネス書などでは「XXすると良くなる」といった風に技法やノウハウを付け足すことによって問題解決できるという内容のものが増えています。
これは何も変わらないという可能性が有るそうです。その理由は治療的概念であるということです。
治療的概念は、足りないものを付け足すことで満足させようとする概念で、実は条件的学習の一部であるということです。
条件的学習では壁を崩せない場合に、更に条件的学習を付加しようとする行為。アインシュタインの言葉「我々の直面する重要な問題は、その問題を作ったときと同じ思考のレベルで解決することはできない。」が思い浮かびます。
つまりパラダイムシフトが必要であり、それは学習のパラダイムが条件的学習から対話的学習へとシフトすることで起こると言う認識です。逆に言えば治療的概念は同じパラダイムに留まるという事。
あくまでもロジカルにロジカルに・・。GAP分析、マトリクス分析、フレームワーク思考などの思考方法がありますが、同じパラダイムの中で少し視点を変えるだけと私は感じます。全く意味は無いということでなく、条件的学習として有効活用するのが本来の使い方だと思います。
6:人材育成と対話的学習
企業での人材育成においてお悩みを持つ担当者、経営者の方は多いと思います。
例えば研修・教育を行っても、その時は満足度が高くても、日が経つに連れその効果は減少し、いつの間にか「そんな研修あったよね」という記憶だけが残るケースがあると耳にします。
私は条件的学習としての研修・教育という枠から抜け出すことが出来ていない可能性を感じます。
コーチングなどのコミュニケーション研修も増えていますが、なかなか効果が出ないと人事の方や経営者の方から相談を受けたことがあります。それは本来、条件的学習ではないにも関わらず、研修デザインが条件的学習のパラダイムに収まっているからではないかと推測しています。治療的なアプローチ。
研修・教育という部分最適を行っても、すぐに組織全体の効果に結びつかない。こんな発想も治療的な考え方ではないでしょうか。
今、必要なのはその枠組みから抜け出す、対話的学習が必要だと感じています。学習と言っても肩肘張らず、対話出来る関係性、場づくりが今後は重要になってくるでしょう。
このような話を伺い、自分で感じたことを交えながら書かせて頂きました。今、私は楽しみながら対話をベースにした新たなアプローチを企画しています。
ワールドカフェやります
2月17日:子育てについて語り合うワールドカフェ =託児つき=(京都)
2月24日:働く女性のための「ワールドカフェ」(東京)
3月9日:「人を育てる」について語るワールドカフェ(東京)
3月25日:ワー育!ワールドカフェ(東京)
オヤコラボでは、前々からコーチング、アサーション、ネゴシエーション、カウンセリング、ダイアローグ等を基にしたコミュニケーション学習(成長)を活動の軸としてきました。そしてオヤコラボ代表のご家族が懇意にしている教授が、発達心理学の研究に取り組んでいらして、オヤコラボのコンセプトと発達心理学のコンセプトが同じなのではないか、ということになり一緒に活動しましょうというテーマで、その場は設けられました。
その中で「学習」という概念について興味深いお話をうかがいましたのでまとめておきます。
1:学習には3つのカテゴリーがある
・認知的学習
自己の行動など経験を積み重ねる上で、PDCAサイクルを瞬時に行う学習。
例えば、卵をつかむとき、卵を割る時の力の入れ方など、失敗や成功を重ねて理解し記憶する学習
・対話的学習
自己内対話、すなわち自分の思考の中で対話することで様々な記憶やイメージを関連付けて新しい意味を見つけ出す学習。
これは社会との対話、いわゆる他人(更に進むと自分以外の事象)との対話によって呼び起こされる。呼び起こされると本を読む、空を見上げる振る舞いなどからも自己内対話が起こり、新しい意味を探索する。
・条件的学習
概念や理論や技法などを、繰り返し反復して記憶させる学習。
例えば「A=Bである」といった認識を記憶する能力で、一般的な日本の学校教育などは条件的学習と言える。
2:今、求められている学習能力は「対話的学習」
対話的学習というのは人間が最もクリエイティブ性を発揮する学習方法であると教授は考えており、現代社会において、重要視されていない、もっと言えば意識すらされていないのではないか、という考えです。
条件的学習は積み重ねをして行くことで知識、論理思考、技術は習得出来ます。その一方でクリエイティブ性は薄くなってしまうそうです。その理由は「記憶することが優先されてしまう」からだそうです。
対話的学習であれば、記憶せずとも、その時に受け取った印象やイメージを元に自分なりの意味を見出し、次の行動へ結びつけることが可能となりますが、条件的学習では、いわゆる情報でしかないので、どう使うか?まで発展することには結びつかないそうです。
(誤解があるとまずいので、認知的学習と対話的学習と条件的学習は同時に起こり、そのバランスのことを教授は言っています)
学校の授業では、先生の講義を一生懸命にノートに書き写す場合があります。これは条件的学習の振る舞いで、記録したノートを後から見ても、書かれた言葉だけが情報となり、言葉以外に関連した情報や概念とはリンクしないという事が起こるそうです。先生の講義を自己内対話とともに聞くと様々な概念や情報が密接にリンクしていき自分の思考の中で体系化されるそうです。ノートに書く書かないは枝葉のことなのですが。
このように学習の違いによって、人間が生み出すものは格段に違ってくるという説であり、例えば日本企業における学習の捉え方が条件的学習が多いので、課題を克服する力が弱まっている可能性があるということです。
3:「対話的学習」に必要な要素
ではどのようにすれば対話的学習が促進されるか。
シンプルに申し上げると対話する他はないということです。
ただ対話と言うのはある面難しさを持っていて、対等性、聴く、伝えるという基本姿勢が大切です。決めつけを抱いたまま話を聴く、話を十分に聴いていない、一方的な考えを伝える、などといった振る舞いが対話を阻害してしまいます。
また他人との対話が目的ではなく、自己内対話が目的なので、他人との対話を終えてから自分の内面で起こる対話をする十分な時間も必要であり、可能ならば自己内対話で浮かび上がったイメージや情報を書き留めておくことが重要です。それが次の行動への指針となる可能性は大きいと言うことです。
特に幼少期では、親との対話が重要で、親が対等性をもって子供と接することも将来の対話的学習の基礎となります。
4:対等性における研究調査結果
教授がアメリカの大学と共同研究した結果では、0〜3歳までの子供を躾するにあたり、アメリカの親の特徴は「自己表現によるパワーバランス」、日本の親の特徴は「親子関係という上下による徹底」ということがわかったそうです。
どういう事か簡単に言うと、アメリカの親は悪いことは悪いと言うが、その根拠として親が一人の人間として思ったことを子供に自己表現し「あなたに反論出来る力が無いのであれば今は言われた通りにしなさい」という概念。
一方、日本の親は「私が親なのだから言われたとおりにすることがあなたの役目」という概念。
一見、大きな違いは無いように見えますが、子どもが成長してきたときに大きな違いを生みます。
アメリカの親は、子供が成長して自分の意見を言えるようになると、親はそれを受け止めます。もちろん親からも自分の意見を言います。その意見の違いを明らかにしてから、一緒に解決策を探すと言う振る舞いになります。
日本の親は、子供の成長に関わらず、役目として親の言うことをきく事を前提で子供に接するので、子供が意見を持たない依存を生む可能性を持っているそうです。
この躾に関する捉え方の違いは、文化的な土壌にも影響を与えていて、アメリカの企業風土と日本の企業風土とも絡んでいる可能性は高いということです。
幼少期からの親の躾が企業風土に色濃く出る、というのは聞いて驚きと納得感がありました。
このように幼少期はパワーバランスになるものの、成長してからはお互いを尊重するアメリカの概念には対等性と言うものがしっかり存在しているということになるでしょう。日本では対等性の概念が若干弱い。アメリカの大学教授もこの結果には驚いていたそうです。
(ただこれは研究調査結果の話であって、正しい、間違いの判断はできません)
5:治療的概念は条件的学習と同じパラダイム
最近売れているビジネス書などでは「XXすると良くなる」といった風に技法やノウハウを付け足すことによって問題解決できるという内容のものが増えています。
これは何も変わらないという可能性が有るそうです。その理由は治療的概念であるということです。
治療的概念は、足りないものを付け足すことで満足させようとする概念で、実は条件的学習の一部であるということです。
条件的学習では壁を崩せない場合に、更に条件的学習を付加しようとする行為。アインシュタインの言葉「我々の直面する重要な問題は、その問題を作ったときと同じ思考のレベルで解決することはできない。」が思い浮かびます。
つまりパラダイムシフトが必要であり、それは学習のパラダイムが条件的学習から対話的学習へとシフトすることで起こると言う認識です。逆に言えば治療的概念は同じパラダイムに留まるという事。
あくまでもロジカルにロジカルに・・。GAP分析、マトリクス分析、フレームワーク思考などの思考方法がありますが、同じパラダイムの中で少し視点を変えるだけと私は感じます。全く意味は無いということでなく、条件的学習として有効活用するのが本来の使い方だと思います。
6:人材育成と対話的学習
企業での人材育成においてお悩みを持つ担当者、経営者の方は多いと思います。
例えば研修・教育を行っても、その時は満足度が高くても、日が経つに連れその効果は減少し、いつの間にか「そんな研修あったよね」という記憶だけが残るケースがあると耳にします。
私は条件的学習としての研修・教育という枠から抜け出すことが出来ていない可能性を感じます。
コーチングなどのコミュニケーション研修も増えていますが、なかなか効果が出ないと人事の方や経営者の方から相談を受けたことがあります。それは本来、条件的学習ではないにも関わらず、研修デザインが条件的学習のパラダイムに収まっているからではないかと推測しています。治療的なアプローチ。
研修・教育という部分最適を行っても、すぐに組織全体の効果に結びつかない。こんな発想も治療的な考え方ではないでしょうか。
今、必要なのはその枠組みから抜け出す、対話的学習が必要だと感じています。学習と言っても肩肘張らず、対話出来る関係性、場づくりが今後は重要になってくるでしょう。
このような話を伺い、自分で感じたことを交えながら書かせて頂きました。今、私は楽しみながら対話をベースにした新たなアプローチを企画しています。
ワールドカフェやります
2月17日:子育てについて語り合うワールドカフェ =託児つき=(京都)
2月24日:働く女性のための「ワールドカフェ」(東京)
3月9日:「人を育てる」について語るワールドカフェ(東京)
3月25日:ワー育!ワールドカフェ(東京)
| Izun | - | 01:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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